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2015-09-28 うへの驛

ココメトロでは起動後、現在地を取得できない場合、現在地が東京メトロの駅から遠い場所にある場合、は銀座線上野駅、浅草方面を表示するようになっています。

なぜこの駅にしたのかと言えば、東京メトロの数ある駅の中で最も早く開業した駅のひとつが、今の銀座線上野駅であったからです。せっかくなので、開業当時のことを少し調べてみました。


東京メトロ(正式な社名は東京地下鉄株式会社)のルーツを辿ると、大正時代の「東京地下鉄道」というベンチャー企業に行き当たります。東京に地下鉄を走らせることを目的に早川徳次(はやかわのりつぐ)という鉄道マンによって、1920年に作られた会社です。

地下鉄というビジネスの事業性、実現性を投資家や銀行に説いて回ってお金を集め、浅草-上野間に着工したのが、1925年(大正14年)9月27日。同区間が開業したは1927年(昭和2年)12月30日のことでした。

地下鉄が走り始める1920年代の東京では、人々の主な交通手段は路面電車で、それは「市電」と呼ばれていました。東京都はまだ存在せず、都心にあった15区(今の23区とは名前も区分けも異なる)の地域を東京市と呼んでいた時代です。

市電は山手線内のエリアをほぼ隙間なくカバーし、年々新規路線が増えていくような状況でした。当時の東京市電の路線状況はこちらから。それでも、伸び続ける交通需要に対して、路面電車ではすでに不足気味でした。

当時の流行歌で、東京節というがあります。(1919年リリース) この中で、「東京名物の満員電車」という歌詞がでてきます。今でも名物ですが、東京の満員電車はこのあたりがルーツのようです。 この歌では「いくら待っても来やしない」ともあり、今の満員電車とは混雑度合いが全く違っていたようです。


こちらの論文や、こちらには、日の目を見なかったもう一つの東京地下鉄道のことが載っています。

実業家の福澤桃介(福澤諭吉の娘婿)という人で、早川徳次の東京地下鉄道を作る10年以上前に、こちらも東京地下鉄道という会社を立ち上げました。ですが、こちらは時代の先を行き過ぎていたようで、誰にも理解されずに建設が許可されませんでした。

早川徳次の計画もすんなりと進んだわけではありませんでした。東京の交通需要の不足から新しい公共交通が必要とされていた、と今から見れば時代の必然のように思えますが、当時の人にはなかなか理解されなかったようです。まずは鉄道省や東京市に地下鉄建設を働きかけるも理解されず。仕方がない、自分で作るぞと決意し、技術的な問題を一つずつ潰していき、事業性の調査をして周囲を説得して資金を集めて、免許取得、会社設立、着工。難工事を乗り越えて、実際に開業するところまでこぎつけました。

彼をそこまで動かしたものはなんだったのか、ただの金儲けではなかったように思えます。

ちなみにロンドンで世界初の地下鉄が走り出したのは、1863年のことです。そのころの日本といえば、14代将軍の徳川家茂が229年ぶりに京都に上洛し、 孝明天皇に攘夷を誓っていました。福澤桃介による地下鉄計画ですら、ロンドンの地下鉄から40年以上経っています。当時のイギリスと日本の国力の差がよく分かります。


1920年代の日本は、不況・恐慌の時代でした。第一次世界大戦後の不況(1920年3月〜)、関東大震災(1923年9月1日)、昭和金融恐慌(1927年3月〜)が続きます。

不況であるにも関わらず、物価がどんどん上がっていく(スタグフレーション)状況で、とどめを刺したのが世界恐慌(1929年10月〜)でした。

当時の人たちにとって「東洋唯一の地下鐵道」の開業は、そんな暗い時代の中でもひときわ明るいニュースに見えたことでしょう。


開業当時の上野駅の様子についての資料を見つけました。

地下鉄の入り口には、「うへの」と書いてあります。 当時としては常識的なのでしょうが、現代のセンスで見れば、相当斬新なデザインです。この時代ですから当たり前ですけど、統一デザインとかブランドイメージとか、そういう概念は一切なく、ただ楽しそうな嬉しそうな、そんな感じを受ける字体です。 「あさくさ」のフォントもいい味を出してますね。「稲荷町」が「いなりちよ」て書かれていたなんて、冗談みたいです。

当時の国鉄上野駅は関東大震災で全焼し、再建された直後でした。上野駅付近だけでなく、東京全体が震災後のがれきの中から生まれ変わろうとしていた時期でした。

こちらは東京の様子。こちらはこの年の日本での出来事をまとめた資料です。この年は、小田急線や東横線が開業した年でもあるんですね。

今から90年くらい前の話です。今ではすっかり完成されて、生活の一部となり、欠かせないものになったものでも、最初の一歩があった、ということは覚えておきたいですね。


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